新橋。この建物自体有名で、1899年(明治32年)にできた帝国博品館勧工場(現在の博品館)である。この建物の売り物は、現在のショッピングセンターに似て多彩な商店が入居していたこと。一般的に、日本の百貨店の起源だと考えられている。" />

OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真を紹介しています。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変化の引き金となりました。ちょうどその頃、まるで運命かのように、写真が発明されました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。貴重で珍しいこれらの写真から、古い日本の当時の暮らしを見ることができます。

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1910年代の東京 • 銀座

現在の地下鉄新橋駅からそう遠くない場所から、北東に見た銀座の眺め。1903年(明治36年)に初めて開通した市街電車が目の前に写っていて、更に後方にも何台か見える。塔のある建物の前の空いた場所は、新橋。この建物自体有名で、1899年(明治32年)にできた帝国博品館勧工場(現在の博品館)である。この建物の売り物は、現在のショッピングセンターに似て多彩な商店が入居していたこと。一般的に、日本の百貨店の起源だと考えられている。

1921年(大正10年)には、四階建ての近代的なビルができた。銀座で初めてエレベーターがついたビルで、大人気だった。またこの時日本語の百貨店という言葉が最初に使われた。漢字で書くと、百の宝と店ということになり、当時大きな話題になった。

英語のdepartment storeを片仮名でデパートメントストアと書くのは、当時既に使われていた。1910年代の写真には、博品館から数軒のビルを隔てた四階建ての近代的なビルの商店だった天下堂にこれが使われているのが写っている。この絵葉書では博品館の後ろに見える白いビルがそれ。

1923年(大正12年)の関東大震災の後、博品館は百貨店ではなくなった。1978年(昭和53年)になって、この会社の創立80周年の折にこの場所に博品館トイパークという10階建ての建物が建った1。今この店は、東京のガイドブックが何時でもあって、大人気の店である。Lonely Planetでは、次のように紹介されている。

この「トイパーク」の各階は、その年のキャラクターモデルの玩具、最新流行のビデオゲーム、色鮮やかなプラスチック製の玩具、これまでで一番ふんわりした玩具などで溢れている。博品館には子供向きのレストランや劇場まである。2


1890年代の銀座のこの町角の眺めについて、もっと知りたければ「1890年代の東京 • 銀座と新橋」を見て欲しい。

1 博品館。博品館の歴史。2008年10月8日検索。

2 Lonely Planet. Hakuhinkan Toy Park. 2008年10月8日検索。

撮影者: 撮影者未詳
発行元: 発行元未詳
メディア: 絵葉書
写真番号 70222-0004

写真利用許可を申請される場合は、この写真番号で指定して下さい。
オンラインのご注文も可能です(英語): 70222-0004 @ MeijiShowa.com

注意
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Posted by • 2008-10-23
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