OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真を紹介しています。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変化の引き金となりました。ちょうどその頃、まるで運命かのように、写真が発明されました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。貴重で珍しいこれらの写真から、古い日本の当時の暮らしを見ることができます。

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1880年代の大阪 • 天王寺の眺め

大阪四天王寺付近の全景。四天王寺の五重塔が遥か左側に見える。当時は重要な目印の役割も果たしていたことがわかって、興味深い。今では寺院は周囲の高層建築に囲まれて、事実上見えない。想像もつかないが、前面の田園地帯は現在の日本橋でんでんタウンである。

この辺りは江戸時代(1603~1868)には宿場で、長町と言われていた。近くの道頓堀に架かっていた橋の名前から、その後日本橋に名が変わった。

20世紀の初め、この辺りには古本屋ができた。第二次大戦後になると、民生電子機器の店がここに集まり、現在ではでんでんタウンと呼ばれている。

1990年代後半から、漫画アニメやキャラクターグッズ類を売る店が電器店に取って代り、東京の秋葉原のようなポップカルチュアの中心になっている。

撮影者の目の高さから判断すると、この写真はミナミにあった五階建ての眺望閣から撮ったことは、殆ど確実である。この塔は「南の五階」という呼び名で知られており、最上階には展望台があって、大阪の素晴しい眺めが楽しめた。

この木造の塔は、富士山に似せて設計され1888年(明治21年)に完成した。1888年(明治21年)と1889年(明治22年)には、眺望閣は大阪で一番人気の高いレジャー施設の一つだった。これに刺激されてできたのが新世界通天閣で、難波はミナミの中心になった。1

この写真の撮影者は見つからないが、玉村康三郎ではないかと思う。彼は大阪の写真をNo. 89b(これは90 B)で出版している。ご意見を是非聞かせて欲しい。


1889年(明治22年)の大阪地図:1.戎橋、2日本橋、3.道頓堀、4。生国魂神社、5.眺望閣、6.四天王寺

1 昔の大阪。大阪の遊び場。2008年5月16日検索。

2 現在の眺望各の場所: 浪速区東関谷町の「五階百貨店」。

撮影者: 撮影者未詳
発行元: 発行元未詳
メディア: 鶏卵紙
写真番号 71205-0005

写真利用許可を申請される場合は、この写真番号で指定して下さい。
オンラインのご注文も可能です(英語): 71205-0005 @ MeijiShowa.com

注意
写真の使用には料金が発生します。
Posted by • 2008-05-16
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