OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真を紹介しています。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変化の引き金となりました。ちょうどその頃、まるで運命かのように、写真が発明されました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。貴重で珍しいこれらの写真から、古い日本の当時の暮らしを見ることができます。

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1930年代 • 女性のモダンなヘアスタイル

女性
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モダンなドレスとヘアスタイルに自信たっぷりの昭和(1926~1989)初期の女性。日本の女性が洋風ファッションを取り入れ出したのは、明治時代のこと。1920年代までには、最新の洋風ファッションとショートカットのファッショナブルなヘアスタイルのトレンディなモガ(モダン・ガール)が登場した。( 小写真が現代のヘアスタイル

この時期は、西洋文化を諸手を挙げて受け入れる都会の若い日本女性が増えた。彼女達は西欧のフラッパーのように見せる洋風のスタイルで西洋音楽、とりわけジャズに聴き入った。モガ達は、モガのライフスタイルを取り上げた特集記事やファッション情報を売り物に創刊された雑誌を愛読し、これら若者には、日本文化は時代遅れで過去のものに見えた。


週刊朝日(1922年(大正11年)創刊で現在も発行している週刊誌)の広告ポスターのモダン日本女性。左側は1922年(大正11年)、右側は1933年(昭和8年)

モガとモボ(モダン・ボーイ)は、外国の影響を取り入れてそれを見せびらかしていると批判されることが多く、政治的な緊張を齎した。

保守層の人々は、モガのイメージが女性の力、西洋化、独立心を発散するものとして人気があることに特に脅威を感じた。

カリフォルニア州立大学ロングビーチ校のケンドール・H・ブラウン芸術史教授は、「色々な面で、日本の女性は両大戦の間の日本では、社会的にも文化的にも緊張のまさに中心だった。」と書いている。

女性が演ずる新しい役割と近代化が共に、難しい問題を惹き起こした。

近代的であることが西洋化だと言われるなら、どうすれば日本的であり且つ近代的であることができるのか。近代的であることと日本的であることは、両立しないのだろうか。或いは社会も個人も何か新しい中間点を作り出せるのだろうか。もしそうなら、どのようにやるのか。1

日本人の中には、今でもこの疑問に悩んでいる人々がいるかも知れない。

昭和時代になって国粋主義が優勢になると、モガもモボも終わりを迎えたが、この写真でも見られるように、西洋のファッションは終わらなかった。西洋の影響が終わることは決してなく、第二次世界大戦が終わると共に、復讐して失地回復を遂げた。

しかし1990年代半ばになると、東京の原宿で見かける若者達が典型的な日本流のやり方でファッションの実験を始めた。彼等の多くが、自分達の日本のルーツに遡って、ファッションのアイディアを探し出している。


伝統的な日本のテーマに触発された超モダンな街頭ファッションスタイルの若い女性二人。写真はJapaneseStreets.comから。©2006 Kjeld Duits.

1 Brown, Kendall H. (2004). The ‘Modern’ Japanese Woman. The Chronicle Review, Volume 50, Issue 37: B19

撮影者: 撮影者未詳
発行元: 発行元未詳
メディア: ゼラチン・シルバー・プリント
写真番号 70122-0006

写真利用許可を申請される場合は、この写真番号で指定して下さい。
オンラインのご注文も可能です(英語): 70122-0006 @ MeijiShowa.com

注意
写真の使用には料金が発生します。
Posted by • 2008-04-09
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