OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真を紹介しています。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変化の引き金となりました。ちょうどその頃、まるで運命かのように、写真が発明されました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。貴重で珍しいこれらの写真から、古い日本の当時の暮らしを見ることができます。

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1890年代の東京 • 愛宕山からの眺め

海抜約26メートルの愛宕山から見た東京の見事な眺め。以前大きな大名屋敷のあった辺りは、商店や住宅に変わっている。遠く背景に見えるのは築地本願寺の屋根。その向こうには東京湾が望まれる。

江戸時代愛宕山は月見の名所だった。また東京を一望する写真を撮るには素晴しい場所で、此処から撮った写真で現存する最も古いものは、1865年か1866年にフェリス・ベアトが撮ったもの。(次の写真)


フェリス・ベアトが1865年から1866年にかけて撮影した、愛宕山からの江戸の眺め。(「Panorama of Yeddo from Otagayama」の部分)。大きな屋敷は、大名屋敷である。


江南信國撮影の愛宕山からの眺め(部分)。大きな大名屋敷が最寄の商店に変わっている。

江南信國がこの辺りを撮影した時までには、ベアトの写真には未だ写っていた大名屋敷は取り壊されるか、別の目的に使われるようになって久しかった。しかし基本的な配置はそのままだった。現在では最早そうとは言えない。

江戸の町は、町からの眺めをそのまま残すよう留意して作られた。江戸の主な通りは、愛宕山などの景観が印象深く見えるように向いていた。その他に市内からはっきり見えた景観は、富士山、武蔵野平野、隅田川、筑波山、神田山、湯島と本郷台地、忍岡(上野)、江戸城本丸と永田町台地、芝増上寺裏山と芝丸山。

最近の開発業者には、江戸時代の都市計画にあった叡智がなく、美しい景観の殆どが高層建築で見えなくなっている。


1880年(明治12年)の東京市街図。1.愛宕山、2.新橋、3.銀座、4.新橋駅、5.築地本願寺

撮影者: 江南信國
発行元: 江南信國
メディア: 鶏卵紙
写真番号 71205-0018

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Posted by • 2008-03-30
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