OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真を紹介しています。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変化の引き金となりました。ちょうどその頃、まるで運命かのように、写真が発明されました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。貴重で珍しいこれらの写真から、古い日本の当時の暮らしを見ることができます。

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1890年代の大阪 • 道頓堀の劇場街

道頓堀通りの西から東を望んだもの。この通りは芝居茶屋や、料理屋、芝居小屋が多く賑やかな場所だった。明治時代には道頓堀五座と呼ばれた五つの大きな芝居小屋があったが、その一つが背景に写っている朝日座で、木造の櫓と呼ばれる舞台がある。朝日座は明治23年(1890)に新築開場しており、この写真はその直後の頃のものと思われる。

道頓堀は1621年以来大阪の劇場と娯楽スポットで、1662年には歌舞伎劇場が6軒以上、文楽劇場が5軒、からくり小屋が1軒あった。1

江戸時代の初期には、役者や観客が1615年にできた道頓堀の運河を船で通って道頓堀へ通うのが流行った。

1840年代初期の天保の改革で、道頓堀の娯楽街は壊滅的な打撃を蒙った。この改革のモットーは「奢侈の禁止」だったから、劇場には厳しい制約が加えられ、その結果劇場の数は大幅に減った。生き延びた劇場の中の大手5軒が間もなく道頓堀五座と呼ばれるようになった。2

南道頓堀にあった主な劇場は、西から東に、浪花座(元は筑後芝居の戎座)、中座(中の芝居)、角座(元は角の芝居)、朝日座(元の角丸芝居)、それに弁天座(元の竹田芝居)だった。3

これらの劇場には多くの人々が集まり、この辺りは大阪最大の繁華街になった。道頓堀は人々の叫び声、何千もの下駄の音、三味線や太鼓の音で賑わった。芝居の合間に茶屋や料理屋で休憩する人々が便利なように、劇場と劇場の間や道頓堀の運河の対岸の宗右衛門町には、茶屋や料理屋が数多くあった。劇場へ持ち込むための弁当も売られていた。

観劇する客に人気があったスナックは粟おこしで、前方に写っている3階建ての建物の1階は粟おこし屋である。粟おこしは、現在の映画館でいえばポップコーンやポテトチップに当たる。また大阪土産としても人気があった。4

19世紀半ばに日本が開国すると、道頓堀は外国人にも人気のあるスポットとなった。1920年に出版された「Terry’s Guide to the Japanese Empire」は、次のように魅力的に描いている。

「南区にある道頓堀川は、大阪にとっては横浜の伊勢佐木町と同じで、夜になると大変賑やかになる。ここにある茶店の中には、中庭に巨大な籠を置いて夏には蛍で一杯にして、お客を楽しませるために放したり、小さな竹籠に入れてお客に持ち帰らせたりしている。この川は夏の夜になると、浮かれ騒ぐ人々を満載した遊覧船や揺れ動く提灯で、驚くほどヴェニス的になる。」5

蛍は日本で大変大きな役割を演じていたので、このガイドブックはこの風習について詳しく述べている。

「蛍店では、捕まえた蛍をできるだけ早く光(蛍火)の明るさによって分ける。これは日本では上質とされる茶の明るい緑がかった黄色に似ているので茶色と呼ぶ。」

「それから蛍は、100匹か200匹ずつガーゼで覆われた箱か籠(蛍籠)に、湿らせた草と一緒に等級別に入れられる。夏の季節になると、夕食パーティで見せるための蛍の注文が多い。」

「京都や大阪、東京の有名な茶屋の中には、無数の蛍を蚊帳に入れて庭で飼っておき、客にその中に入って決められた数の蛍を捕まえさせてお土産に持ち帰らせているところがある。」6

1945年のアメリカ軍による焼夷弾爆撃で、残っていた劇場は破壊されるか大損害を受けた。好みの変化が止めを刺し、2002年になると、残るのは中座と松竹座(1923年の建築で1997年に改築)の2軒だけになった。しかし中座もこの年の9月には取り壊されたが、この取り壊し工事中に発生した火災で、大阪で江戸時代の雰囲気を何とか残している数少ない場所の一つである法善寺横町が大損害を蒙った。幸いなことに大阪市民はここを復興することができた。

蛍も劇場も姿を消し、旗や幟が明るいネオンサインに取って代られて久しいが、道頓堀は今でも大きな歓楽街である。しかしその娯楽も大きく変わった。2008年にはプロレスの競技場さえできた(デルフィンアリーナ)。


1877年(明治10年)の大阪の地図。1.道頓堀、2.戎橋、3.日本橋、4.戎座、5.中座、6.角座、7.朝日座、8.弁天座、9.法善寺

1 ウィキペディア、 道頓堀。2008年3月26日検索。

2 Cary, Ann et al (1990). Catch Osaka. 大阪国際交流センター、 18。

3 日本古写真超高精細画像データベース、道頓堀通り(6)。2008年3月26日検索。

4 日本古写真超高精細画像データベース、道頓堀通り。2008年3月26日検索。

5 Terry, T. Philip (1920). Terry’s Guide to the Japanese Empire Including Korea and Formosa. Houghton Mifflin Company, 609.

6 Terry, T. Philip (1920). Terry’s Guide to the Japanese Empire Including Korea and Formosa. Houghton Mifflin Company, 554.

7 1826年12月角座で出演した二代目関三十郎の木版画。

撮影者: 玉村康三郎
発行元: 玉村康三郎
メディア: 鶏卵紙
写真番号 70621-0005

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注意
写真の使用には料金が発生します。
Posted by • 2008-03-15
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