OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真を紹介しています。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変化の引き金となりました。ちょうどその頃、まるで運命かのように、写真が発明されました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。貴重で珍しいこれらの写真から、古い日本の当時の暮らしを見ることができます。

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1880年代の神戸 • 海岸通の建物

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神戸の海岸通の静かな一日。漁師達が、護岸の前の砂浜に舫っている自分達の漁船で作業している。中央にある大きな建物は、2番地にあったウォルシュ・ホール商会のオフィス。1868年にアメリカの貿易商ジョン・ウォルシュが自分の兄弟と共に設立した会社で、三宮にあった製紙工場を持っていたが、これは三菱製紙の前身である。2番地にあった建物は、その後香港上海銀行に売却された。右の端に見えるのは3番地にあった茶の輸出商スミス・ベイカー商会。この写真は神戸を訪れた人が全て下船したアメリカ波止場から撮影したもの。この場所は見えないが、今のメリケンパークの一部である。

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1890年代 • 牛車と米俵

男が一人、俵を一杯に積んだ牛車の傍に立っている。俵は米、炭或いは穀物類を保存するのに使われた。1000平方メートルの水田からは、普通七俵の米が獲れた。明治時代(1868~1912)まで、米は食料としてだけでなく、通貨でもあった。税金は米で納められ、大名の規模は領地からの米の年間収穫量で表された。これを量る単位が石で、一石はほぼ180リットルに相当する。俵一俵の米は約半石。

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1890年代の京都 • 四条大橋

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京都の鴨川に架かる橋の中で最も重要な四条大橋の眺め。この橋を渡って山に向って歩くと、祇園祭で有名な八坂神社に行き着く。八坂神社への道は今では非常に広いが、この写真の頃は依然として狭かった。

橋の上には人力車や洋式の傘を差した通行人が見える。日本の傘と区別するために、これらの傘は蝙蝠傘と呼ばれた。

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1880年代の大阪 • 難波橋

1876年(明治9年)に作られた、二本に分かれた難波橋を撮影した珍しい写真。難波橋は元々一本の橋だった。中之島が東に延びて、大川が土佐堀川(手前)と堂島川に分れた時に橋も二本になった。

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