OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真を紹介しています。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変化の引き金となりました。ちょうどその頃、まるで運命かのように、写真が発明されました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。貴重で珍しいこれらの写真から、古い日本の当時の暮らしを見ることができます。

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MeijiShowaでは、 明治、大正、昭和初期にかけてのアーカイブ写真・イラスト・ならびに古地図を、 エディトリアル・広告・パッケージデザインなどのライセンスとして販売しております。

1870年代の長崎 • 南山手

長崎港と長崎の外国人居留地の南端が写っている。大浦にある居留地の主な部分は、右側の丘の向こうにある。その丘の上に一本だけ立っている松の木は、有力なスコットランド商人のトーマス・ブレーク・グラバーの家のある場所を示している。この家は1863年(文久3年)に完成し、日本に現存する西洋建築の中では最も古い。その左側の辺りは小曾根である。前面の日本家屋は浪の平にあるもの。前面右側の田圃には、その後1887年(明治20年)に鎮鼎尋常小学校が建てられた。洋風家屋が既に幾つか見えるが、間もなく増えて1890年代初頭になると、ここに写っている田圃は姿を消してしまった。

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1910年代の神戸 • 三宮

生田神社に通じる生田前の風景。背景に神社の鳥居が見える。昔からの木造の建物の中に、目立っているのは一軒の石造りの洋館。神戸が1868年(明治元年)に開港した頃、この辺りは美しい砂の田舎道が神社から浜まで続いていて、両側には梅、桜、それに無数の石灯籠が並んでいた。オランダ最初の領事館が置かれたのは、この辺りで道の左側だった。これらの木々が満開になる花の季節には、領事が見たのは信じられないような見事な眺めだったに違いない。しかし、これらの木々も石灯籠も1870年代には取り除かれて、田舎道は生田神社と外国人居留地を結ぶ賑やかな商店街になった。

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1880年代 • 巡礼

巡礼が3人、古びた松の木の下で休んでいるが寺の境内のように見える。白い法衣を着て菅笠を被り、草鞋を履いている。また長い杖を持って、原始的な背負い袋を持っている。右側の巡礼は、首の周りに数珠をかけている。菅笠には「金」と「同行」の文字が書いてあるが、これは香川県の金刀比羅宮(金毘羅さんの名前の方が有名)への巡礼の途中であることを物語っている。

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1880年代の神戸 • 山手からの眺め

神戸を、現在の新神戸駅に近い山側から撮った写真。中央に見える広い道路は滝道(今はフラワーロード)である。この道は、この写真を撮った場所から少し歩いた所にある布引の滝に通じているので、そう呼ばれていた。この道は、1871年(明治4年)に外国人居留地を水害から守るために付け替えられた、旧生田川の川床に沿っている。この写真が撮られた時は、神戸の町ができて未だ20年ほどしか経っていないが、既に主要な港町に発展しており、外国人も1,000以上住んでいた。その四分の三は中国人だった。

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