OLD PHOTOS of JAPAN, 日本の古写真:明治、大正、昭和、古い写真を通して「日本」を知るフォトブログ

Old Photos of Japan
1860年代から1930年代の日本の写真を紹介しています。1854年、日本は200年以上続いた鎖国を解き、それは真に驚くべき変化の引き金となりました。ちょうどその頃、まるで運命かのように、写真が発明されました。古い日本が消え、新しい日本が生まれるにつれ、挑戦心ある写真家たちが写真を撮りました。貴重で珍しいこれらの写真から、古い日本の当時の暮らしを見ることができます。

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MeijiShowaでは、 明治、大正、昭和初期にかけてのアーカイブ写真・イラスト・ならびに古地図を、 エディトリアル・広告・パッケージデザインなどのライセンスとして販売しております。

1924の東京 • 個人の家の大庭園

東京にあった大変広い個人の庭園。池、石橋と殆どエキゾチックに見える建物が写っている。

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1934年の東京 • モダンな帯

1934年5月に東京で撮影した写真。女の子が着物姿で二人、洋服姿で二人、写っている。洋服の女の子の一人はセーラー服姿で、帽子を持っている。こちらに背中を見せている女の子は帯を締めているが、当時は全くモダンだったに違いない。

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1924年 • 家の玄関

着物姿の婦人が二人玄関に立っている。この家の持ち主は裕福な家族のようだ。大きな石灯籠があって、玄関の前に広い空間があるので、玄関と門の間も広いようだ。玄関という言葉が最初に使われたのは17世紀で、「有力な武士や将軍の住まいにあった門番小屋或いは家臣の部屋から突き出したポーチのようなもの」だった。それ以外の人々が玄関を作ることは禁じられていた。しかし、18世紀になると裕福な商人や、村の長老、医師や有力な神社の神官などはこの例外とされた。明治時代(1868~1912)になると、このような禁令の多くは廃止されて、玄関を作る家が増えた。

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1910年代の東京 • 銀座

現在の地下鉄新橋駅からそう遠くない場所から、北東に見た銀座の眺め。1903年(明治36年)に初めて開通した市街電車が目の前に写っていて、更に後方にも何台か見える。塔のある建物の前の空いた場所は、新橋。この建物自体有名で、1899年(明治32年)にできた帝国博品館勧工場(現在の博品館)である。この建物の売り物は、現在のショッピングセンターに似て多彩な商店が入居していたこと。一般的に、日本の百貨店の起源だと考えられている。

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